こんにちは!
ピアノ調律師、ピアノライフアドバイザーの田島真理子です。
私のメディア「ぴあの屋さん」へのご来店、ありがとうございます。
ここでは、私の簡単な自己紹介をさせていただきつつ、
- 私がどんな想いでこのメディアを運営しているのか?
- どんな気持ちで「ピアノ調律師」というシゴトをしているのか?
ということをお話させていただきます。
私の主なお仕事はピアノの調律師。かれこれ30年以上このお仕事をしています。
今ではこの仕事をしていることが、私にとっての「日常」になっていますが、想い起こせば、子供のころからピアノが大好きで「いつか、ピアノに関わる仕事がしたい」と願ってた、幼い頃の“わたし”の「夢」を叶えられた姿でもあります。
ですが、もちろん。最初からなにもかも順風満帆に進んで来れたわけではありません。
特に、この夢を志していた高校2年生のころは「ピアノの仕事をしてみたい!」という強い想いはあったものの、なかなか「調律師」という自分にあった働き方の答えに辿りつくことができず「ピアノの仕事をするには、音楽大学に通わなければならない・・・」という思い込みから、夢に対する高いハードルを感じ、諦めそうになったこともありました。
ですが、そのとき諦めずに、可能性を探し続けることができた結果。
今では、「ピアノ調律師」としてではなく、ピアノを愛する人の力になれる「ピアノライフアドバイザー」として活動ができるようになりました。
30年以上プロの調律師として活動し、人生を「ピアノ」に捧げてきた私にだからこそできる、あなたにぴったりなピアノがある暮らしのご提案をこのメディアを通して、お届けさせていただきます。
ピアノライフアドバイザーってなに?
ピアノライフアドバイザーとは、
≪あなたの「ピアノがある暮らし」を応援すること≫
これが、私の考える、ピアノライフアドバイザーのお仕事です。
いつも、楽しく気持ちよく弾けるピアノがある暮らし。
ピアノが好きな方は、何より大切に考えられていることだと思います。
あなたのお気持ちに沿い、ピアノとの生活で起きる疑問やお悩みを解決出来るように応援、ご提案いたします。
ポケベルの時代から携帯電話になって、パソコンが普及して、スマホが主流になって。
ネットの世界がこんなにも普及して。
私自身、時代の変化を感じつつ、どんどん便利になっていく移り変わりにただ喜んで生活して来ました。
ですが、震災、コロナ禍を経験し、メディアでは時代が変わったと報じていました。
確かに、今までの生活に戻りたくても戻れず、新しい形の生活スタイルを模索していく日々になりました。
先生方のレッスンも、ピアノコンクールも、オンラインレッスン、動画録音が取り入れられて実施される様になりました。
変わらないものを大切にしながら、時代に対応した新しい形にチャレンジする方法を考えました。
ピアノという楽器にあこがれて、4歳からピアノを習い始め、買ってもらったピアノが届いた日は、今も忘れられない思い出の光景が感動とともに脳裏に焼きついています。
あの日から、変わらない気持ちを持ち続けながら、今なお新しい発見がある奥深いピアノという楽器と一緒に生きてきました。
調律は従来通りにピアノの元へお伺いしないと出来ませんが、これまでに経験して学んだ知識を基に、私の知る知識で皆さまのお悩みが解決でいるのではないかと考えて。
このホームページ、「ぴあの屋さん」をたちあげました。
より快適に、あなたのピアノとの時間がより楽しい瞬間となるように。
≪ピアノ ライフ アドバイザー≫として、あなたのピアノのある暮らしを応援します!
念願のピアノ調律師に
私は現在、ヤマハ特約店の楽器店に勤務し、多摩地区を中心にピアノ調律師として活動しています。
どうしてもピアノに関わる仕事に就きたくて、高等学校を卒業後、ピアノ調律師養成専門学校へ入学。
卒業後は、個人のピアノ調律所でお世話になりました。
学校でピアノの知識を学んだだけで、何も知らなかったヒヨコ状態の私。
ピアノのメーカーも、当時4大メーカーと言われた、「ヤマハ」「カワイ」「アトラス」「アポロ」しか知りませんでした。
その調律所でお世話になったことで、様々なメーカーのピアノや特徴を知ることが出来ました。
ピアノの整備、ピアノの販売も経験しました。
自社で運送も行う調律所でしたので、自然とピアノの搬入作業の補助作業員も担うことに。
ピアノの運搬方法や搬入経路などの、いわゆる下見が出来るようになっていて、これは今現在、とても役立っています。
でも当時は、20歳そこそこ時代はバブル期。同年代の女子がきれいにパンプスを履いて街を歩いている時に。
自分は、当時着慣れていなかったジーンズの作業着姿で。
ピアノを乗せた軽トラックを運転することにものすごい抵抗があって、日々悲しい思いをしていた記憶があります。
私がやりたかったのは、こういうことじゃない!って、泣いてましたね。
今となっては、とても良い経験をさせていただいたと感謝しています。
あの時間がなければ、今の私はありません。当時の自分に、そのことを教えてあげたいです。
ヤマハ特約店の正社員になりました
その後、ピアノ調律所を退職し、現在勤務する都内ヤマハ特約店の楽器店へ就職。
店舗営業スタッフとして配属され、ピアノしか知らなかった私は、ほかの商品の知識を深めて行きました。
興味を持ったのは、当時注目されていた防音室。組み立ての手軽さや、その防音効果には驚きました。
次はお店へお買い物に来られる先生方の担当という営業職に配属されて、今までとは違う先生方とのお付き合いを学びました。
営業職に移動になって間もなく、やっと私の本業であるピアノ調律の部署へ、それまでの営業職で担当となった先生方とのお仕事を自分で持ったままで配属になりました。
今では、珍しいことでは無くなりましたが、当時の社内では仕事の兼任のような形は初めてのケースでしたので、やりがいを持って、充実した日々を過ごしていました。
入社から約30年。今も変わらずに継続勤務中です。
あっという間でした。
今も、ピアノ調律師として先生方や生徒様、お客様の家を中心に訪問しピアノのメンテナンスを行うと同時に、100名ほどの先生方の営業担当として、先生方のお教室の生徒募集のお手伝い、発表会の準備や当日の運営などを行っています。